日々雑感

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読書録:ブラームスの協奏曲と交響曲

ベートーヴェンピアノソナタ研究で有名な諸井誠氏によるブラームスの楽曲の歴史と解説である.ベートーヴェンピアノソナタ分析の本は以前から読んでみたいと思っていたが,いまは入手が難しくなっていること,また,個人的にベートーヴェンよりもブラームスの方が好きなことから,この本を読むことにした.

この本は,ブラームスの作曲の歴史を,4つの交響曲とそれに関連する協奏曲を組みにして4つの段階に分けて,それぞれの段階での曲の特徴や背景について説明している.一つ一つの曲の楽曲分析が詳細に記載されているが,それはオーケストラ譜とにらめっこしながらでないと理解できないので,その部分は読み飛ばして,その曲の背景やそれに関連する著者のエッセイだけを読んだということろである.ブラームスシューマン夫妻の関係,ブラームスヴァーグナーの関係など,ブラームスの性格や人生,音楽家としての特徴がいろいろと詳しく説明されていて,面白く読むことができた.芸大作曲科のある学生が「現代まで名前が残っている作曲家はみな天才である」という趣旨のことを話していたが,まさにブラームスヴァーグナーも(対照的だが)天才である.この本に登場してくるさまざまな曲をあらためて聴いてみようという気になった.自分が最も好きな曲の一つであるピアノ小曲集作品117が評価されていたことはちょっとうれしいことであった.

この手の本を読んだのは初めてだったのだが,一番驚いたことは,作曲者がかなりシンボリックな概念に基づいて曲の構成を決めていることである.実際,この本では何度も言葉遊び,連想ゲーム,ダジャレといった形で,記号,音名,数字など関連性について論じている.例えば,モーツァルト交響曲41番4楽章のド,レ,ファ,ミ(ハ,ニ,ヘ,ホ)の4つの音が,それ以降作曲家が作る曲の構成に影響を与えているといったことや,ベートーヴェンが〇〇調で作曲しているから,それ以降の作曲家もそれを踏まえて〇〇調での作曲に挑戦するといった具合である.つまり,音の高さという物理的あるいは知覚的な性質はさておき,音名という記号的な同一性や類似性が意味をもっているという点が驚きなのである.

というのも,個人的には音楽を聴くときは,音のつながりの論理的な構成はまったく考えずに,メロディの美しさや雰囲気や音色・響きの色合いといった知覚的な印象だけが重要で,音名のつながりとか曲の論理的構成といったことはまったく気にしていない.それだけに,「あの曲のあの「音名の系列」がこの曲のここに隠されている」といった議論に接しても,それが曲の印象にどのような影響を与えているのだろうと思ってしまうのである.

これに関連して以前から不思議に思っているのは,作曲家が曲の調性(ハ長調とかイ長調とか)をどうやって決めているのかということである.音楽が楽器を使って演奏されていることを考えると,「演奏で主役を果たす楽器はこの音域だときれいな音がなるからこ調性にしよう」とか「奏者が演奏しやすい調性を選択しよう」といったように,楽器や奏者の特性を考慮して調性を選ぶのであれば,それはよく理解できる.しかし,本書によれば,「ベートーヴェンがこの曲を〇〇調で作曲したから,自分もこの曲は〇〇調で作曲する」といった理由で調性が選ばれているらしい.それでは,最初にこの分野の曲を作曲した人はどうやって調性を選択したのであろうか...